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人の振り見て我が振り直せ」というほどのものでもないけれど、薬局経営が失敗した事例を研究してみるのは大変勉強になります。

資金繰り悪化!原因は放蕩経営にあり

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都心で8店舗の薬局を経営していた株式会社F薬局。4年かけて順調に店舗を増やしていきました。

しかし、その後、N産業株式会社に買収される3年ほど前から、毎年、3000万円~4000万円の赤字を計上。

その上、新規店への出費も重なり、銀行への負債も膨らんでいきました。また、F薬局の関係者の話では「社長は家族の自家用車購入費用を会社の経費で落とすなど、薬局で得た利益を個人のものの購入にあてていたと」と話しています。

経営破たんの直接のきっかけになったのが、医薬品現金卸への薬の売却でした。

社長は薬局で医薬品購入時に卸への手形の決済費用に行き詰ると、別の卸業者から、必要量以上の医薬品を購入し、それを現金卸に売却していました。

何故、そうするかと言いますと、医薬品は購入してから手形決済まで3~6か月の期間が通常あり、購入後すぐに現金卸に売ってしまえば、しばらくの間、自由になる現金を入手できるからです。

とはいえ、現金卸は、卸からの購入価格の半値ぐらいでしか買い取ってくれません

その差額は卸の手形を決済する段階で損したことになります。

社長は窮地を逃れようと、この現金卸を使った資金作りを繰り返し、負債額を増やしていったのです。

買収後一年で黒字!

F薬局8店舗全てを買収したN産業は、F薬局の負債を全て清算。

色々な経営立て直し策を駆使して、一年でF薬局を黒字にさせました。

立て直し策

立て直ししたN産業は、F薬局の経営失敗の原因に、チェーン薬局間の連携不足を挙げています。

「以前は、管理薬剤師が各薬局を個別に運営していて、社長は各店の収支状況を正確に把握していませんでした。

買収後は、毎月各薬局から収支状況を報告する仕組みにし、各店の管理薬剤師が集まって経営、実務等を話し合う会議を月に2回実施しています。

また、無駄な医薬品の購入を抑えるため、棚卸の間隔を前よりも頻繁にしました。

その上、棚卸後は、各薬局が医薬品リストを作成して他の店舗に配布し、薬局間での医薬品の授受を円滑にしてチェーン全体の在庫ロスを減らすようにしました。

複数の薬局をチェーン化する意義は、店舗間でやりくりしながら経営安定化を図ることですが、その中心の経営者が放蕩経営をしていけば、簡単に脆く崩れていくものです。

調剤業務の不振がOTC販売にまで響いてしまった

OTC薬を主に販売してきたS薬局のI氏ですが、赤字転落する前に閉鎖を決意しました。

調剤業務も並行して経営することに

S薬局の開局後10年間は、一日の来客数70~80人で日商12~13万円の典型的なパパママ薬局でした。

I氏の妻も薬剤師ですが、調剤業務の売り上げは全体の1~2%という極わずかでした。

そういう状況の中で、地元の大学病院が院外処方箋を発行することになりました。

地区の薬剤師会が会員たちに処方箋受け入れを呼び掛けていて、S薬局は大学病院の半径500m圏内だったことから、本格的に調剤業務をやることにしました。

調剤もOTCもうまくいかず……

準備万端で大学病院の院外処方箋が持ち込まれるのを待ちました。

しかし、S薬局には当初、期待したほどの患者さんは、来られませんでした。月150~200枚あった処方箋もそれ以上には増えず、逆に減少していきました。

そのため、薬の備蓄品目数を2000から450品目に減らしました。しかし、そのことが対応力不足を招き、患者さんの不満につながってしまいました。

備蓄品目を減らしてしまったため、地域の薬局に助けを借りて何とかやっていこうとするのですが、患者数がおおくないだけに過剰在庫になりやすく、これも経営上の大きな負担となりました。

そして、調剤に手をとられた分、OTC購入のお客さんの相談時間が無くなり、売上も最盛期の半分までに減少していきました。

そして、実は在宅訪問指導にまで経営を伸ばしていて、こちらも中途半端で利益も今一つだったとI氏は言いました。

閉鎖の決断

閉鎖を決断した時は赤字スレスレの状態であったので、翌年は赤字になると予測ができました。

不安定な薬局経営を続けて患者さんに迷惑をかけるよりは、今の自分の年齢40前半という転身がまだ可能な時に新しい道に進むことをI氏は決意しました。

問題点

このケースは町の小さな薬局がOTCの相談販売から大学病院の処方箋受入れ、在宅ケアまで全てを抱え込むのは、困難を極めることを教えてくれたケースです。

薬剤師でないオーナーの無計画な出店

不動産業を営む知り合いのオーナーから「門前薬局を造ってくれる人を知り合いの内科医から探してくれと頼まれた」と相談を受けたB氏。

B氏は薬剤師でもなく薬局を経営したことも無かったのですが、調剤薬局は儲かるらしいと聞いていたので、銀行から4700万円借りてJ薬局をオープンさせました。

最初は周りの予想に反して急成長

J薬局の所在地は市最大の商店街のど真ん中。地元薬剤師からは「あんな一等地に調剤薬局を立てると経営は成り立たないよ」と言われたとか……。

しかし、J薬局は周りの予想に反して開局2年目には、黒字を計上できたという成長ぶり。

当時、管理薬剤師だったC氏は「開局の頃は月600万円であったが、周りの病院等に声をかけたおかげで処方箋がさらに増え、2年後には給料が900万円までに増えた」と話していました。

処方箋枚数が減少し始める

良い状況はそんなに長続きしませんでした。開局2年過ぎたころから、処方箋枚数が減少し始めました。

当初、診療所の経営もうまくいき、院長はホッとしたのか競争馬の馬主になってしまい、診療に手を抜くようになって患者さんが激減していきました。

一番良い時は月に1200枚超えていた処方箋が、一年後には1000枚を下回るようになりました。

オーナーと院長の間でトラブル

その頃、行われた薬価改正にもJ薬局の経営をさらに悪化させてしまいました。同時にオーナーと院長の間で金銭トラブルが度々、おきるようになりました。

「診療所の広告費用、懇親会の費用などはうちの薬局が負担していたが、経営の悪化で診療所の要求を受け辛くなってきた。それが元でオーナーと院長がもめてしまった」とは管理薬剤師だったC氏。

こうした状況に巻き込まれたくなくてC氏は退職しました。次の管理薬剤師も一年半で退職してしまいました。

C氏の話では当時、地元の薬剤師会関係者の耳にもJ薬局の不評が届いており、J薬局に就職する薬剤師もいませんでした。困ったオーナーは調剤薬局チェーンに身売り話を持ちかけましたが、全く相手にされませんでした。

当時オーナーの相談を受けたチェーン関係者の話

「決算書を見ると、相談を受けた時点で赤字だったし、処方箋枚数も月1000枚にも全く手が届きそうにも無い状態まで減っていた。

せめて、1500~1600枚あれば、具体的に検討してもよかったのだが……」

このような経過をたどって、閉鎖されました。

問題点

オーナーが診療所に薬局を閉鎖することを知らせたのは、県に廃止届を出す前日だったようです。

突然の薬局閉鎖は、患者や医療機関への配慮を欠いていますが、それはオーナーが医療の継続性に無頓着な他業種の人物だったからだろうと、経済専門家は予想します。

オーナーから相談を受けた調剤薬局チェーン関係者は「結局、J薬局は立地といい、経営といい、潰れるべくして潰れたと思う」と話していました。

薬局がこのような厳しい状況をのりこえるにはどうすれば?

支出を抑える

人件費は薬局の支出の中で約2割を占めています。特に個人薬局は人件費の増加が、利益率を圧迫していきます。

薬剤師の労働条件を再度、見直し、正社員からパートに切り替えられるかどうかを検討してみることも必要です。

また、有効期限切れで廃棄する薬を減らし、薬局の支出の6割を占める医薬品仕入金額を

抑えます。在庫医薬品の動きを常にチェックし、品目数と備蓄量を減らしていかなくてはいけません。

収入面では、あらゆる調剤加算等をしっかり算定することです。利益率が少なくなっている現在では、とれるものはしっかりとることが大事です。余裕があれば、在宅医療への参画も効果的です。

調剤業務以外にも目を向けて

サプリメント、OTC薬の販売を手がけることもOKかもしれません。

また、介護用品などで、ポータブルトイレや入浴介助用品はこれからの期待株です。

このような方面は銀行も期待しているので、融資を受け易くするためにも取り組んでみるのもいいかもしれません。